ブラウザさえあれば場所を問わず統一された開発環境にアクセスでき、チーム全体の開発環境を統一化し、運用効率を向上できると期待
Use Case
導入事例
自律走行レース「A2RL」世界初参戦の裏側で、分散開発を支えるクラウドHPC
セルブスジャパンが運営するレーシングチーム「TGM Grand Prix」は、2025年から世界初の自律走行レース「A2RL」に参戦している。全国に散らばるリモートワーク体制の開発メンバー十数人に統一された高性能の計算環境を提供するため、同社はエクストリームーDのクラウドAI向けHPCサービス「Raplase」を導入。高速走行時の自動運転技術の開発を効率的に進めるためのシステム基盤を構築した。
課題と解決
導入前の課題
- 分散するリモート開発メンバー全員に、高性能GPU搭載PCを配布し、ソフトウェア等の設定を統一化し運用管理することが困難だった
- 環境が過酷(高温多湿)なレース現場では高性能PCが停止するリスクがあり、予備機の持ち込みが必要だった
導入後の効果
LiDARを用いた自己位置推定など、高い計算スペックを要する開発にも対応できる基盤を構築
事例詳細
「参戦しなければ、日本は取り残される」という危機感
2024年、世界初の自律走行レース「A2RL(Abu Dhabi Autonomous Racing League)」が発足した。世界各国から大学や研究機関など11チームが参戦する中、日本からレーシングチームとして唯一参戦したのが、セルブスジャパンの「TGM Grand Prix」だ。
セルブスジャパンは、「SUPER FORMULA」や「SUPER GT」などをはじめ国内レースチームへエンジニアリングやメンテナンスを手掛けている会社だ。これまでは他チームを支援する業務を行ってきたが、2023年からは自前のチームとしてTGM Grand Prixを運営開始している。
そして2025年、A2RLに参戦した。同社でエンジニアを務める堀雅敬氏は、その理由について次のように語る。

「当社が2024年に同レースを視察に行った際、代表である池田は『参加しなければならない』と強く感じました。当時はまだレースとして形をなしていないレベルでしたが、技術が進歩した数年後には追いつけなくなり、ひいては日本の自動運転技術が取り残されてしまうという危機感がありました」
A2RLは、ASPIRE(アブダビ先端技術研究評議会)が提供するソフトウェアをベースに、各チームが独自の自律走行アルゴリズムを開発・搭載して車を走行させ、技術力を競う。レースの目的は「未来の自動運転技術の向上」だ。2024年当時、日本では大学や研究機関が十分な開発環境を持てない状況にあった。「それなら、TGM Grand Prixがやるしかない」という決意が参戦につながったと堀氏は語る。
2カ月で走行可能な自動運転AIを構築
A2RLは、人間ではなくソフトウェアが戦うという点で従来のモータースポーツとは性質が異なる。堀氏は大学院で自動運転シミュレーションを研究していた経験を活かし、自動車メーカーから独立したエンジニアや、業務委託先のロボティクス技術会社と協力体制を構築した。
2024年12月、まず堀氏を含む2名で、ASPIREが提供したシミュレーション環境を使い、走行可能な状態まで作り上げた。「2カ月で一定の成果を出すことができました」と堀氏は振り返る。
2025年1月には業務委託メンバー2人を加えた4人体制となり、本格的にプロジェクトが始動。現在は働く場所が分散した総勢十数人がGitHubやDiscordを使ってオンラインでコミュニケーションを取りながら開発を進めている。
統一された開発環境の提供が困難
開発体制の拡大とともに、同社では深刻な課題が浮上した。それが開発環境の統一である。
A2RL向け自動運転アルゴリズムの開発には、GeForce RTX 4060以上のGPUを搭載したLinuxマシンが必須である。ASPIREのシミュレーションを動かす環境としても、AI開発という観点からも、最低限このスペックが求められる。
従来、セルブスジャパンは開発環境として物理PCをエンジニアに配布してきた。しかし、メンバーが増えるにつれ、全員に高性能なGPU搭載PCを供給することが難しくなってきたという。また、全員がリモートワークという体制下では、統一された開発環境も不可欠だった。
計算性能の限界も見えていた。堀氏のラップトップPCは、GeForce RTX 5060、i7-13620、メモリー32GBという構成だが、「この環境ですらギリギリのスペックでした」と堀氏は語る。レース中のタイムデータやマシンの状態などのデータを読み込み、次に何をすべきかといったリアルタイムの意思決定を行わせる場合、PCでは重すぎて処理ができないのだという。
加えて、レース現場特有の問題もあった。高温など過酷な環境下では高性能パソコンが停止してしまう恐れがあり、レース現場での作業の場合、これまでは予備機の持ち込みが欠かせなかった。
あらゆる場所から高スペックなマシンを利用できる点に着目
こうした課題を抱える中で、同社が2025年7月のイベントで出会ったのが「Raplase」である。ブラウザがあればどこからでもアクセスでき、チーム全員が同じ高性能な環境を共有できる仕組みだ。
「最大のメリットは、開発環境やシミュレーション環境として、あらゆる場所からリアルタイムで使えることです。処理性能も高く、シミュレーションデータの解析や数値計算も可能です」(堀氏)
Raplaseを使えば、自律走行アルゴリズムの開発と検証のスピード向上が期待できる。また、走行データやシミュレーション結果が即座に解析可能なデータ基盤を構築でき、レースでの戦略判断やAIの学習サイクルも短くなる。
また、堀氏はレース現場での活用も期待したという。現在は、ピットのモニターで車両から送られてくるバイタルデータを見ながら状況を確認し、パラメータ調整やプログラム送信をリアルタイムで実行している。
「現場での車両オペレーションでは、リアルタイム性が重要です。トラブルや細かい変更は頻繁に発生しますし、『この動きは危ない』『こうすればパフォーマンスが上がる』といった気づきもあります。こうした場面で、全員がすぐにクラウドにアクセスして開発できる点は大きなメリットになるはずです」(堀氏)
2026年、トップグループへの挑戦
セルブスジャパンにおけるRaplaseの活用はまだまだこれからの段階であるが、今後本格活用していく構えだ。今後の開発の大きなマイルストーンとしては、2026年3月と10月に走行テストを行い、11月から12月に本番という仮スケジュールを組んでいる。開発の焦点は大きく3つある。
第1に、MPC(モデル予測制御)の導入によるラップタイム向上だ。「現状では、車の性能は余っていますが、制御がついていけていない状態です。2025年は時間が足りずできませんでしたが、2026年はMPCでタイムをかなり改善できる見込みです」(堀氏)
第2に、LiDARを用いた自己位置推定の強化だ。これが最大の開発項目となる。「現状では、トンネル内を除いてGPSに頼っています。今後は、LiDARを用いて自己位置を推定する機能の寄与度を上げていきます。これには相当な計算スペックが必要になり、Raplaseが役立つと見ています」(堀氏)
第3に、オーバーテイク(他の車両の追い越し)技術の向上だ。「まだ完全にはできていませんが、視覚認識のプログラムを改善し、安心かつ高速にできるよう作り変えていきます」と堀氏は意気込む。
堀氏は今後の展開について明確なビジョンを持つ。「特に大きく貢献するのはLiDARによる自己位置推定です。これをベースにクオリティを上げ、2026年のレースでトップグループと争います。ラップタイムは近くまで行ける目処が立ちました。オーバーテイクも他チームに迷惑をかけないレベルまで持っていきたい。さらに次の1年で勝ちに行きます」(堀氏)
初年度優勝、そしてその先へ
2025年11月に参戦したA2RLシルバーレース※にて、TGM Grand Prixは参戦初年度ながら優勝を果たした。「A2RLは完全自動運転レベル5の技術に向けた最高の開発環境です。世界有数の参戦チームと競い合い、完全自動運転の実現に向けて、ともに成長していきます」と堀氏は語る。

堀氏は、さらにその先を見据え、「シミュレーションの中で、自動運転がプロレーサーと同じぐらい速く走れるようになればさらに面白くなるでしょう」と語る。
日本の自動運転技術を発展させたいという使命感から始まったセルブスジャパンの挑戦は、クラウドHPCという武器を得て、世界の頂点を目指している。
株式会社セルブスジャパン
レーシングカーのメンテナンス、エンジニアリング、コンサルティングを中心とする事業を展開。「SUPER FORMULA」や「SUPER GT」などの国内レースに参戦するチームへの豊富な支援実績を持つ。2023年から独立チーム「TGM Grand Prix」を運営し、2025には世界初の自律走行レース「A2RL」にレーシングチームとして世界初参戦を果たした。
株式会社セルブスジャパン
レーシングチーム パフォーマンスエンジニア
堀 雅敬 氏